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倫理の無い世界

Sunday, December 24, 2006

制裁

 汚職をした者に、数ヶ月報酬半額という制裁をくだしても、例えば一月の報酬が100万円ならば、50万円ということになり、現在の日本の物価を考えると一月50万円あれば、よほどの贅沢をしないかぎり、裕福に一月を過ごすことができると思います。(ローンなどは度外視して)

 逆に、私の一月の給料の半額で一月を過ごすとなると現在の日本の物価で考えると難しいはなしです。
一月の報酬が100万円ほどの者が、汚職が発覚する以前に汚職をして、何千万(何億でもかまいません)というお金を隠し持っていたとしたら、数ヶ月の報酬 の半額程度の制裁なら、なおさら汚職をしている者にとって、痛くも痒くもない制裁だと考えてしまうのは私ひとりではないと思います。


 また、何かの事件で保釈金3億円という制裁がくだされたとしても、その事件が発覚するまえに、悪いことをして年間100億円もうけていたら、3億円の保釈金など、その人物にとってはたいした金額ではないと思います。それに、その保釈金の3億円は、犯罪を犯して稼いだ3億円で支払われることは、ザラだと思います。 なんとも納得のいかない話だと私は思います。

 私は、罰金や保釈金は、その人物の年間所得の50パーセントや60パーセントといった制裁でなければ、犯罪を犯してお金をもうけている者にとっては痛くも痒くもないと思います。
といっても、年間所得が3億円で50パーセントとられたとしても、1億5000万円てもとに残るわけですから、道徳心のない者は、犯罪を犯しても、お金さえ払えばなんとかなるという考えで罪を犯し続けているのかもしれません。
困ったことに、年間所得以外に犯罪を犯してもうけたお金が、その者にいくらあるか分からない事がおおいと思うので、どうにもこうにもなりません。

Thursday, October 12, 2006

定まらない方向性

 定職をもたないフリーターやニートが増加しており、今後の日本はどうなってしまうのかという不安の声もあります。
しかし一方で、20代30代で事業を起こし成功する若い実業家もいます。
 インターネットが普及し、遠く離れた見知らぬ人物からの情報を素早く知ることもできるようになり、より多くの人間から、より多くの考え方や生き方を学ぶことで、いっそう価値観が多様化しているこの時代を改めて実感することも出来ます。
価値観の多様化により、一言、“成功”といっても何を基準に成功としてよいものかの定義も定めにくくなっていると思います。
 義務教育の間に自分の仕事や生き方の方向性を決めることができていれば、その人にとっての価値観の基準で、成功したといえる自分に、より早くたどり着くことができるのかもしれません。自分の生きる方向性を決めかねて、次のステップの学校へすすみ、なんとなく授業を受け、それなりによい成績を修めて安心している生き方が一番危険なのかもしれません。
学校に通っている間はそれで良いかもしれませんが、学校を卒業し社会にでていく時に、自分の生きる方向性が決まっていなければ、たとえ良い企業に就職できたとしても、その人の生活は、その人の価値観の基準で成功しているとは、はっきりと断言できないと思います。
なぜなら、自分が置かれている状況が、自分が目指していた自分ではなく、成り行きまかせで築かれた状況にいるからです。このとき自分の価値観があやふやでは、さらに悪い状態だといえると思います。
 私は30を過ぎてようやく自分の生きる方向性が見えてきました。遅いかもしれませんが、自分の生き方の方向性が定まっただけでも良い方なのかもしれません。
 自分の生きる方向性が決まったうえでフリーターをしているのなら、私はいっこうに構わないと思いますが、宙ぶらりんな状態でフリーターをしていては、人生が台無しになってしまう可能性が大きいと思います。もちろん定職に就いていたとしても、自分の生きる方向性が決まっていなければ良い状況といえないと思います。自分の価値観を築くことができれば、自分の生きる方向性も見えてくるのではないでしょうか。
しかし、時代の変化で一般的な見方の価値観が変化するように、その人にとっての価値観も時代の変化や経験など様々な影響から変化していくと思うので、難しいことだと思います。

Saturday, August 05, 2006

倫理の無い社会

  学生生活を終えて社会にでて私が一番感じることは、 学校では奇麗事ばかり教えているということです。学校での教育は、学問以外に社会に出る前の準備として、世の中で生活しいくための指導も受けます。規則を守りましょう、弱いものいじめは悪いことです、困っている人がいたら助け合いましょう、みんなで協力しあいましょう、、、。
 私は、日本の学校の教育を受け、社会は、すばらしい人間の集団だと強く思っていました。
テレビのニュースや新聞で、犯罪を犯した人間が放送されたり記事になりますが、そのような悪い人間は、すばらしい人間の中に紛れた、ごく一部の人間だと長い間思っていました。
しかし、実際の社会は多くの人間が、法律の網の隙間をみつけて、個人または属する企業の利益を上げるために倫理を無視した行動をとっています。
 このような話をすると、あなたは、ゆうずうがきかない、頭がかたい、などと私に忠告してくれる方もいますが、”頭がかたい”で、かたずけられる問題とは、私にはとうてい思えません。
 私は、学校では奇麗事だけでなく、社会には悪い人間が多くいるので、悪い人間にだまされないように配慮することも教育するべきだと思います。
学校の教育で、倫理を無視した人間にだまされないように配慮する教育が行われていないことが、悪徳商法やサギにだまされてしまう事の一つの原因ではないかと私は思います。
驚くべきことは、世界を代表する一流企業でも、倫理を無視した行動を行っているということです。
以下の例は、私の経験したことです。

Honda
あなたの バイクのブレーキパッドが消耗しているので交換しましょうか
 (実際は、新品とくらべて2割ほどの消耗ていどでした。)

Yamaha
 あなたのバイクのタイヤの溝はほとんどないので、バイクを処分するならタイヤも処分したほうがいいですよ。
 (実際は、タイヤを交換して一般公道を200kmほどしか走行していないタイヤでした。)

Suzuki
 保険屋からお金を多めにもらっているので、まだ、バイクを無料で修理できます。
 (事故でバイクを修理した後で、私が直っていない所に気がつき、店員に話をすると。)

この例は、バイクメーカーの対応についての信じがたい話しですが、他の一般企業も似たりよったりだと思います。一流の企業でも上記のような行動を行っている以上、倫理に反した行動をとる人間が減少するとは思えません。

http://www.takasick.com/